名女優として長年活躍してきた中村玉緒さん。
夫・勝新太郎さんとの間に生まれた長男・鴈龍さんについても、多くの関心が寄せられています。
鴈龍さんは俳優として活動し、映画『座頭市』でデビューを果たしましたが、2019年に55歳で亡くなりました。
今回は、中村玉緒さんの息子・鴈龍さんの経歴や俳優人生、そして晩年までの歩みについてご紹介します。
中村玉緒の息子・鴈龍(がんりゅう)は勝新太郎の長男

名女優として知られている中村玉緒さん。
そんな中村玉緒さんですが、息子の鴈龍さんはどのような経歴を持つ人物だったのでしょうか。
父は俳優の勝新太郎!1964年京都府の生まれ
鴈龍さんは1964年8月9日生まれの京都府出身で、父は俳優の勝新太郎さん、母は中村玉緒さんという芸能一家に生まれました。
芸能一家に生まれたサラブレッド
祖父に二代目中村鴈治郎さん、伯父に若山富三郎さんを持つ芸能界のサラブレッドとして生まれました。
若い頃は父・勝新太郎さんの付き人を務め、その後は親の七光りに頼らず大部屋俳優として修業したと伝えられています。
中村玉緒の息子・鴈龍の俳優人生

芸能一家に生まれながらも自身の道を歩み始めた鴈龍さん。
そんな鴈龍さんですが、俳優デビュー後はどのような道を歩んだのでしょうか。
デビュー当時は本名「奥村雄大(おくむら たけひろ)」でスタート
1989年公開の映画『座頭市』で俳優デビューを果たし、父・勝新太郎さんが監督・主演を務めた本作で五右衛門役を演じています。
当時は本名の「奥村雄大」名義で出演しており、父との共演が大きな話題となりました。
デビュー作ながら大作映画への出演となったことで、大きな期待を背負って俳優人生をスタートさせました。

鴈龍太郎そして鴈龍へ改名の経緯
鴈龍さんは『座頭市』撮影中の事故後に俳優活動を自粛し、復帰時に「鴈龍太郎」へ改名しています。
この名前には、母方の祖父である二代目中村鴈治郎さんから「鴈」の字を、辰年生まれであることから「龍」の字を受け継ぎ、「龍太郎」は父・勝新太郎さんが考えたとされています。
事故からの再出発と、芸能一家の名前を背負うという意味が込められた改名だったようです。
その後「鴈龍」へと改名し、映画『極道戦争 武闘派』『ビリケン』やドラマ、舞台などで活動を続けました。
2000年には舞台『悪名』で主演を務めるなど活躍の場を広げ、俳優としての活動を続けました。
ジュエリー創作!意外な一面と母への贈り物
豪快なイメージのある鴈龍さんですが、2015年にはジュエリー創作活動に取り組んでいたことも明かしており、芸術的な一面ものぞかせていました。
母・中村玉緒さんのファッションショーにも出演しており、新たな分野への挑戦を続けていたようです。
1年前からジュエリー創作活動を始めた長男の俳優・雁龍(51)が、自らデザインしたアクセサリー(帯留め)をサプライズで玉緒にプレゼントした。頬をゆるませた玉緒は、雁龍に「そろそろ所帯を持ってもらって。孫がいないもので。できたらいいな!と思う」と話した。
引用元:デイリー 2015.09.05
中村玉緒の息子・鴈龍は2019年に55歳で死去
充実した芸能人生を送った鴈龍さん。
鴈龍さんは2019年に55歳で亡くなりましたが、どのような経緯だったのでしょうか。
一人暮らしの自宅で亡くなっているのが発見された
2019年11月、鴈龍さんは名古屋市内で55歳で亡くなりました。
当時は一人暮らしをしており、連絡が取れないことを心配した知人が自宅を訪れたことで発見されたと報じられています。
死因は急性心不全とされており、突然の訃報は多くの関係者に衝撃を与えました。
母・中村玉緒さんも大きな悲しみに包まれた
息子を亡くした中村玉緒さんは深い悲しみの中にあり、葬儀は近親者のみで執り行われたと報じられています。
長年俳優として歩んできた鴈龍さんの突然の死は、多くの人に惜しまれました。
まとめ
中村玉緒さんの息子・鴈龍さんは、父・勝新太郎さんの作品『座頭市』でデビューした俳優でした。
芸能一家に生まれながらも、大部屋俳優からの修業を経て自身の道を歩んでいきました。
映画や舞台で活動を続け、多くの作品に出演した俳優人生だったようです。
2019年に55歳で急逝し、その突然の訃報は多くの関係者やファンに惜しまれました。
sachiko(感想:sachiko)
鴈龍さんの生まれとデビューから、2019年に55歳で逝去されるまでの様子が分かりました。
芸能一家に生まれながらも自分の道を模索し続けた人生だったことが印象的でした。









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